医療最前線

塩野義製薬、ケニアの母子支援活動「Mother to Mother SHIONOGI Project」包括的な取り組みの成果を公表~マサイ族の母子の健康改善に貢献~

2022.03.17 19:35 更新

 塩野義製薬は、2015年10月からアフリカ・ケニアの母子の健康を支援する活動「Mother to Mother SHIONOGI Project」を進めている。同事業は、ケニア共和国において、診療所や水供給設備の整備、医療従事者への教育指導や保健人材の育成を進めるなど、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)(WHOは設立された1948年に健康が基本的人権であることを宣言した。ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage(UHC))とは、「すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を指す)達成に向けた具体的な取り組みとなっている。ナロク県イララマタク地域において推進してきた第一期事業終了にあたり、これまでの活動内容と成果、課題、今後の展望について説明するプレスセミナーを3月16日に開催した。

 新型コロナウイルス感染症が国際社会に大きな影響を与えている。政府が保健分野での日本の国際貢献のあり方を示すグローバルヘルス戦略の策定を進めるなど、UHCに対する社会的な関心が高まっている。同社では、国際NGOワールド・ビジョンとの6年におよぶケニアでの母子支援活動のなかで、遊牧民であるマサイ族が医療サービスの重要性を理解することで、多くの住民が定住し、サービスを利用するようになる行動変容を確認した。保健施設での出産割合はプロジェクト開始前と比較して年平均1.8倍、保健施設での出産割合は6年間で12倍に増加するなど、大幅に医療へのアクセスが向上した。また、2018年からは介入の科学的評価のためワールド・ビジョンと長崎大学が連携し、「5歳未満児の健康改善と発達、妊産婦の健康改善に向けた疫学調査」を実施した。調査の結果から、水衛生環境の改善を中心とした保健・栄養・幼児教育の包括的な取り組みを通じて、同事業が母子の健康改善に寄与したことが明らかになった。これについては、長崎大学の一瀬休生名誉教授が研究結果を説明した。プロジェクト期間中に新型コロナウイルス感染症の影響を受けるなかで、UHCに向けた課題も出ており、この点についても説明した。

 「持続可能な社会の実現と当社の成長を支える重要課題として、AMR治療への貢献を図るべく、低所得国での薬剤耐性感染症治療のための抗菌薬へのアクセス改善(GARDP・CHAIとの連携)を行っている。また、アフリカでの母子保健支援も行っている」と、ヘルスケアシステムを強化していると、塩野義製薬 ヘルスケア戦略本部CSR推進部の田中裕幸部長は語る。「子どものために治療を頑張るケニアの母親を助けたい。いずれは、製薬企業としてアフリカに薬を届けていきたい。という当社社員の想いから発足した『Mother to Mother』は、社会の持続的な繁栄の基盤となる子どもの健康を願い、母親と子どもたちを応援する」と、妊産婦・新生児・乳幼児の健康もサポートするプロジェクトなのだと説明する。「医療インフラを整備するだけでなく、支援撤退後も医療が継続できるよう、地域保健員、各組織の機能、連携を強めるよう働きかけ、自立を支援する」と、母親と子どもたちの健康管理を自立的かつ持続的に行えるコミュニティの実現が「Mother to Mother SHIONOGI Project」のビジョンなのだと教えてくれた。

 「第1期事業は、2015年から2021年7月までナロク県イララマタク地域で2つの事業を行った。イララマタク地域の母子保健課題として、自宅出産の習慣の他、病院の数、サービスの量・質の不足も顕在化。ジェンダー不平等(保健サービスを利用するかどうか決めるのは女性ではなく男性であることが多い)や、清潔な水が入手しにくく、下痢発生率が高い、また栄養不良による発育障害率が高かった」と、母子保健の課題が多い地域だったと説明する。「昨年7月に診療所を県政府へ引き渡し、事業が完了したため、今回成果報告を行う」と述べていた。

 ワールド・ビジョン・ジャパンの木内真理子事務局長が「Mother to Mother SHIONOGI project」の成果と今後の展開について紹介した。「ワールド・ビジョンは、世界の子どもたちのために活動する国際NGOで、1950年に米国で設立。“何もかもはできなくとも、何かはきっとできる”をモットーとしている」と、団体について解説。「事業地であるケニア共和国 ナロク県オスプコ郡 イララマタク地域は、社会インフラが未整備(道路、電気、通信など)で、保健施設も不足している。提供される保健サービスの質について問題があり、村落保健員の体制の未整備と能力不足もみられた。また、地域住民の保健や栄養に関する基礎的な知識の不足の他、遊牧民であるマサイ族特有の習慣も課題となっていた」と、定期的な医療サービスを受診することは困難な地域なのだと語る。

 「ケニアの妊産婦や乳幼児の死亡率が高い背景には、保健施設の設備やシステムの脆弱さ、医療従事者の知識・技能の不足、地域住民の保健に関する基礎的な知識などが深くかかわっている」と、ケニアにおける母子保健の課題について言及。「そこで、母親と子どもたちの健康管理を自立的かつ持続的に行えるコミュニティの実現するべく、保健システム・サービス強化と住民への啓発と意識・行動変容を促す他、Mother to Motherグループというユニークな取り組みを推進することにした」と、事業のアプローチについて説明する。「塩野義製薬、長崎大学熱帯医学研究所、ケニア国内の大学研究者とワールド・ビジョンがパートナーシップを形成し、産婦・5歳未満児の健康状態の改善を目標に事業を行った。まず、一般病棟、産科棟の建設や臨床検査室、薬局の整備および医療機器の調達と搬入を行ったことで、診療所の利用者数が増加した」と、成果がみられたとのこと。「母子保健サービスの質・量の不足については、保健人材への研修と啓発を行うことで、利用者率が向上した」と、保健施設での出産や、産前健診、幼児の予防接種などが増加したという。「水衛生の改善についても、診療所やコミュニティに安全な水を提供し、知識と情報で衛生行動の変容を促した」と、安全な水の確保と衛生(手洗い・トイレ)が確保されるようになったと紹介する。「これによって、下痢症の発生率の低下がみられた」と、5歳未満児の下痢の発生率は7割減になったと述べていた。

 「2020年3月以降、ケニア政府の新型コロナウイルス感染症対策のため夜間外出禁止や、コミュニティへの訪問、集会に制限が設けられた(現在は制限は緩和されている)。プロジェクトを通じて、手洗い、マスクの着用、感染症に対する啓発活動を実施。また学校の保健クラブを通じて手洗いの指導を実施した。昨年後半からは、コミュニティでもワクチン接種を開始した」と、新型コロナウイルス感染症による影響と対応についても解説。「現在、ケニアの新たな事業地で、M2Mプロジェクト第2期を実施中だ。第2期では、成功事例の継承と面的な展開。さらにオーナーシップの醸成を図る」と、ケニアの子どもたちのために、これからも活動を推進していくと語っていた。

 元長崎大学熱帯医学研究所ケニア拠点長で長崎大学 名誉教授の一瀬休生先生が、「ワールド・ビジョン・ジャパンと長崎大学熱帯医学研究所ケニア拠点の共同研究」について報告した。「基礎的な医療サービスが受けられない人は約36億人とされ、5歳未満で死亡する子どもは560万人といわれている。その原因の約3分の1は、肺炎、下痢、マラリアとなっている。これには、医療が受けられない他、安全な水やトイレ、衛生教育が行われていないことが挙げられる」と、現状の課題について説明する。「そこで、マサイ族が住む地域でワールド・ビジョンが実施した水・衛生環境整備、栄養衛生教育、母子保健の介入のインパクトを評価することにした。介入地域はエランガタ・エンテリット地区で、対照地域はマジ・モト地区とした」と、研究目的について解説する。「下痢症有病率について、介入地区は下痢症有病率が58%減少した」とのこと。「下痢症起因病原体については、介入地区では下痢症起因病原体の分離率は減少した」という。「水質検査について、腸菌群検出率はエランガタ・エンテリット、マジ・モトでそれぞれ82%、72.5%減少した」と、介入地域で成果がみられたと語る。

 「水源へのアクセスの変化について、介入地区の乾季における井戸へのアクセスは4.1倍に増加するが、雨季には1.7倍に増加するのみであった。また、医療サービスの利用については、介入後には施設出産率が増加。寄りの医療機関を受診する率も増加した。5歳未満児の栄養状態について、低体重児、発育障害児、衰弱児の率は、エランガタ・エンテリットの方が、マジ・モトに比べて介入活動前では高かった。介入活動によって、両地区とも改善したが、マジ・モトの方が改善率は高かった」と、データを示しながら報告した。「下痢症に関するKAP調査では、水の処理の実施率は、エランガタ・エンテリットで増加しているが、マジ・モトでは減少していた。トイレの普及率は、両地区で増加している。小児の便の処理は両地区で安全に処理している」とのこと。「ヘルスケアサービスの利用について、産前健診はエランガタ・エンテリットで増加しているが、マジ・モトでは減少している。完全母乳は両地区で増加しているが、増加率はマジ・モトが高い。ロタウイルスワクチン接種はエランガタ・エンテリットで増加し、マジ・モトでも同様であった」と調査結果を発表。「家畜の夜の飼育場所についても、介入後、夜の家畜の飼育は屋外から住居の周りの柵の中での飼育に移行し、その率はエランガッタ・エンテリットに比べてマジ・モトで高かった」という。「手洗い行動については、両地域の80%以上の人々が食事の準備や食事の前に手を洗うというデータであったが、この解釈にはさらなる分析が必要である。トイレの後の手洗いは両地域ではあまり行われておらず、このことは特にエランガタ・エンテリット地域においてトイレがあまり整備されていないことを反映している。手を洗う頻度は介入後、両地域において減少した」と紹介した。

 「介入によって下痢症の発症率は著明に減少し、介入の効果が示された。同時に下痢起因病原体の分離率も減少した。介入地域の飲料水は、有意ではないが下痢症起因病原体の分離率は減少した。介入による処理飲料水へのアクセス、医療サービスへのアクセスは向上し、子ども達の栄養状態も向上した。介入後の施設分娩率の増加および最寄りの医療機関を受診する率も増加した。介入後の下痢症の知識は増加したが、野外での排便やトイレ使用に関する知識はあまり増加しなかった。トイレの使用率は、両地区で増加している。完全母乳は両地区で増加しているが、増加率はマジ・モトが高い。ロタウイルスワクチン接種は両地区で増加している。介入後、夜間の家畜の飼育は屋外から住居の周りの柵の中での飼育に変化し、その率はエランガタ・エンテリット地域に比べてマジ・モト地域で高かった。手洗い行動は両地域において80%以上の人々が食事の準備や食事の前に手を洗うというデータであったが、介入後の手洗い行動の頻度は両地域において減少した。トイレ後の手洗いも両地域とも、あまり行われておらず、手洗い行動につてはインパクトは見られなかったと思われる」と、研究結果についてまとめていた。

 「ナロクおよびその周辺地域は雨天のため、検体搬送だけでなく、診療所を訪れる患者が少なく、検体収集が困難であった。診療所の人材不足もあった。フィールドスタッフの出産や育児等のために、診療所が閉鎖された。頻回の停電のために検体の保存が困難であった。新型コロナウイルス感染症の流行の中での検体搬送が困難となり、エンドライン調査で寄生虫検査ができなくなった」と、困難だった点も紹介する。「今回の母子保健活動で得られた成果を、今後どのように維持、発展させていくか。特に手洗い行動の改善については、問題点がどこにあるのかについて、正確に分析し、また 地域における健康増進活動の自立的な展開のためには、何を行っていけばいいのか、新たな方法論についても検討する必要がある」と今後の課題について言及していた。

 塩野義製薬 ヘルスケア戦略本部CSR推進部の谷由香利氏は、プロジェクト活動を通じた学びについて発表した。「医療サービスを受けた母親たちの声から、さらなるニーズが顕在化した。また、雨水タンクは必要な時だけ使えるように鍵がかけられていた。また、遠隔診療を行う際に、電気が止まり滞っていた現状があった。今後も学びを取り入れながら、『Mother to Mother』の活動を推進していきたい」と、知らないことを知っていくことで、次に活かしていきたいと前を向いていた。

 塩野義製薬 ヘルスケア戦略本部長の澤田拓子副社長は、「各々の課題を克服するためにゴールを設定。診療所で出産体験した母親が他の母親に伝えたり、村落保健員を努めることで収入が得られる仕組みを構築できたことで、継続性を生むこともできた。さらに、長崎大学による疫学調査で、何を改善することができたかということを、ケニア政府や現地住民に還元することができた」と、第1期の成果を総評する。「今後は、地域の自立に向けた新たなフェーズとして、点から面という地域包括的な支援を行い、他分野の企業との連携も図りながら子どもの下痢症低減を目指していく」と力説する。「第2期事業のケニア キリフィ県 リマ・ラ・ペラ診療所では、パナソニックが電力を供給。夜間診療、夜間の施設出産冷蔵庫でのワクチン保存医療機器の安定的使用サービスに対する住民の期待向上などが期待される」と、診療所の電化による出産環境の改善を図っているとのこと。「また、オンラインセミナーや診療所引き渡しセレモニーを中継したりするなど、社員の関与を高めて、グローバルヘルスについてより考えてもらう機会を創出している」と、社員へのエンゲージメントを高める試みも行っているとのこと。「当社は、感染症に注力していくことを掲げて事業を展開している。ヘルスケアシステムの強化には、衛生環境を整えることが根源にある。コラボレーションを進めながら、医療アクセスの向上改善に今後も取り組んでいく」と述べていた。

塩野義製薬=https://www.shionogi.com/jp/ja/


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