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林原、3年ぶりとなる「第24回トレハロースシンポジウム」をハイブリッドで開催、原点に立ち返り最先端のトレハロース研究について学術発表

2022.09.22 18:00 更新

 林原は、トレハロースの研究・開発に携わる産官学の関係者が広く参加し、分野の枠を越えて学術的交流を行う研究発表会「第24回トレハロースシンポジウム」を9月8日に開催した。3年ぶりの開催となった今回は、東京・御茶ノ水ソラシティ カンファレンスセンターとライブオンラインのハイブリッド形式で実施され、トレハロースに関する最新の研究成果などを発表する6つの講演を行った。また、講演終了後には、シンポジウム登壇者による総合討論会が開催され、講演内容の深掘りとトレハロースの今後の展望について意見を交わした。

 シンポジウムの開会に先立ち、林原の安場直樹社長が挨拶した。「コロナ禍での休止を経て、3年ぶりの開催となる今回は、原点に立ち返り、学術的な交流・発表の場としてシンポジウムを再開する。また、これまでは、トレハロースに関する国内の研究発表を中心としてきたが、今回は海外の研究発表も拡充した。当社は今年、NAGASEグループの一員になって10年目の節目を迎えることから、“Beyond Japan”を掲げ、国際的な企業となるべく取り組んでいる。これを機にトレハロースシンポジウムも、日本を飛び越え、海外へと発信していく学術的シンポジウムを目指していきたい」と、日本発信型の国際的シンポジウムを目指していく考えを示した。

 トレハロースシンポジウムの1題目では、Washington University School of Medicine, Associate Professor Brain DeBosch氏による海外講演「The metabolic effects of trehalose and its analogues」が行われた。DeBosch氏は、肝細胞のグルコーストランスポーターが肝臓および全身の代謝を調節するメカニズムを研究している。その中でトレハロースの効果に着目し、マウスモデルを用いた研究において、トレハロース処理がマウスの空腹時の反応を再現していることを明らかにした。講演では、肝臓内外の代謝におけるトレハロースの影響と作用機序について説明し、「この研究により、トレハロースには、肝臓および全身の代謝に対する健康促進効果があることを見出した」と述べた。また、生体内におけるトレハロースの効果をより深くする理解するため、トレハロース類似体についても紹介した。「今後は、トレハロースが肝臓内外の領域で効果を発揮するメカニズムをさらに解明するとともに、トレハロースおよびその類似体の異なる投与経路での動態を理解し、改善することを目指す。将来的には、トレハロースおよびその類似体を、人々の健康を促進する潜在的な薬として世に送り出したいと考えている」と、今後のトレハロース研究の方向性を示した。

 続いて、McMaster University Department of Chemical Engineering, Professor Carlos D. M. Filipe氏が、「Trehalose allows long-term thermal stabilization of vaccines and other biological materials in sugar glasses」と題した海外講演を行った。新型コロナウイルス感染症の流行で明らかになったように、ワクチンは現代文明を支えるために不可欠なものであるが、生物学的成分の劣化や分解を防ぐために、コールドチェーン(低温で材料を流通させる物流方式)による配送が必要となる。しかし、コールドチェーンの維持が困難な遠隔地でワクチンを利用するためには、ワクチンの熱安定性が大きな課題となっていた。講演では、糖ガラスフィルムによってワクチンを効果的に安定化させる方法と、安定化を実現するためにフィルム中に必須な成分としてトレハロースを紹介した。「試験では、トレハロースを含まないフィルムのワクチンは、室温で10日間保存すると急速に活性が失われた。一方、トレハロース含有フィルムのワクチンは、30日後も有効性が保たれていた。さらに、40℃の高温で数週間保存するチャレンジ試験でも有効性が実証された」と、トレハロースは糖ガラスフィルムにおけるワクチンの安定化に優れた効果を発揮すると強調した。

 3題目は、物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点 主幹研究員の鈴木芳治氏と、産業技術総合研究所 計量標準総合センター 上級主任研究員の竹谷敏氏による共同研究「低濃度トレハロース水溶液ガラスの結晶化と結晶化後の結晶成長過程」について発表が行われた。気象学、低温生物学や惑星科学などの分野では、準安定な立方晶氷(氷Ic)が重要な役割を果たしている。しかし、水溶液内での氷Icの安定性や結晶成長過程に溶質がおよぼす影響は明らかではないという。そこで、溶質が均一に分散した低濃度トレハロース水溶液(0.023モル分率)のガラスを作成し、結晶化後の昇温による氷の結晶成長過程について粉末X線回折法を用いて調査した。研究結果について鈴木氏は、「トレハロース水溶液内の氷Icから積層欠陥氷(氷Isd)への成長は、純水やグリセロール水溶液よりもかなり遅く、ナノサイズの氷Isdは約230Kまで存在することがわかった。氷Ic(Isd)の結晶サイズは3~8nmで、220K付近まで成長することがなかった。このトレハロースによる結晶成長の阻害は、トレハロース水溶液内の氷の昇華を促進させることを示唆している。また、巨視的な偏析はIsd-to-Ih転移時の水分子の再配向と深く関係しているように見える」と説明。「今回の研究結果は、低濃度トレハロース水溶液に関連した分野、特に低温生物学や低温食品工学における技術の発展に大きく寄与するものになる」との考えを示した。

 4題目は、北海道大学大学院医学研究院 講師の新宮康栄氏が、「心臓外科領域の基礎研究におけるトレハロースの可能性」について発表した。新宮氏は、虚血性心筋症および虚血再灌流障害に対する基礎研究で、トレハロースの有用性を見出したという。まず、虚血性心筋症では、外科治療である左室縮小術後にトレハロースを使用することで、心機能の低下が抑制されることをラットの基礎研究で明らかにした。また、この効果は心筋オートファジーの活性化と相関していた。一方、虚血再灌流障害には、内皮機能障害や酸化ストレスが寄与することが報告されていることから、トレハロースの内皮機能改善作用や酸化ストレス抑制作用に注目し、虚血再灌流障害に対するトレハロース前処置法を開発した。ラットの心筋全虚血再灌流モデルにおいて、トレハロース前処置法を実施したところ、再灌流後の血管内皮機能低下、脂質過酸化、アポートーシスを抑制した。さらに、これらの効果には、内皮型一酸化窒素合成酵素の活性化が部分的に関与していることを明らかにした。この研究結果を踏まえて、新宮氏は、「虚血性心筋症の左室縮小術後に、患者にトレハロースを投与することは有用であるといえる。また、虚血再灌流障害に対しては、トレハロース前処置法を行うことが有効である可能性が示唆された。今後の展望としては、トレハロースを使った心臓手術の心筋保護液や心臓移植時の保存液の開発も想定しており、製品化につなげていきたい」と述べた。

 5題目では、「昆虫の生活史におけるトレハロース代謝の役割」について、群馬大学 生体調節研究所 教授の西村隆史氏が発表した。ヒトの血液中には、一定濃度のグルコースが循環しており、全身の細胞がエネルギー源としてグルコースを利用している。一方、昆虫の体液中には、グルコースとは別に二糖のトレハロースが高濃度で存在しているという。西村氏は、昆虫モデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて、トレハロース代謝の生理的意義について研究を行っている。講演では、昆虫におけるトレハロース代謝の役割について、「昆虫に存在するトレハロースは、哺乳類の肝臓に相当する器官(脂肪体)でのみ合成され、体液中に放出された後、様々な組織で分解酵素の働きにより、グルコース2分子に分解される。つまり、トレハロースは余剰分のグルコースから合成され、全身の細胞に安定したグルコース供給を実現するための、グルコース前駆体(貯蔵物質)として機能している」と解説した。また、トレハロースのもう一つの側面として、昆虫にとって“使い勝手の良い物質”である点に着目し、昆虫が変態・成長していく中でトレハロースがどのように代謝されるのかを紹介した。

 6題目の発表は、「トレハロース代謝系とサイトカイニン分解系のクロストークがブドウの顆粒数を決定する」と題し、山梨大学大学院 総合研究部 附属ワイン科学研究センター 教授の鈴木俊二氏が講演を行った。ブドウでは果房当たりの花の数が、果房の密着度を決定する。特に果皮が薄く密着果房となる醸造用ブドウは、ブドウ果実生育期に多雨になる日本の栽培地で育てた場合、玉割れが頻繁に起きてしまうという。この問題を解消するため、鈴木氏は、トウモロコシにおいて花序分岐に関与するRAMOSAファミリーとイネにおいて花数を負に制御するcytokinin oxidase/dehydrogenase(CKX)ファミリーに着目。sister of RAMOSA 3(VvSRA)とcytokinin oxidase/dehydrogenase 5(VvCKX5)のクロストークがブドウの果房当たりの果実数を決定することを見出した。加えて、VvSRAにはトレハロース-6-リン酸をトレハロースに変換する代謝作用があり、トレハロースがVvCKX5の発現量を増加させることで花形成を抑制し、果房当たりの顆粒数を減少させる可能性が示唆された。鈴木氏は、「この研究結果を実証するべく、2年間にわたる圃場実験を実施した。実験では、密着果房を持つピノ・ノワールの萌芽前の芽にトレハロースをインジェクション処理することにより、果房当たりの果粒数を50%程度減少させることに成功した」と研究成果を発表した。「今後は、効率的なトレハロース処理によってブドウの密着果房を防ぐ、革新的な顆粒数制御技術の開発が期待される」と、次の研究フェーズに目を向けていた。

 全6題の講演終了後には、農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 主席研究員の黄川田隆洋氏がファシリテーターを務め、会場で講演を行った物質・材料研究機構の鈴木芳治氏、北海道大学大学院医学研究院の新宮康栄氏、群馬大学の西村隆史氏、山梨大学大学院の鈴木俊二氏に加え、日本大学 生物資源科学部 生命化学科 教授/日本応用糖質科学会の西尾俊幸会長を交えた総合討論会が行われた。討論会では、それぞれの立場で講演内容をさらに深掘りしながら、トレハロースを研究対象とした選んだ理由やトレハロースの持つ特異性、トレハロース研究の今後の展望などについて意見を交わした。

 最後に、閉会の挨拶に立った日本応用糖質科学会の西尾俊幸会長は、「トレハロースという一つのオリゴ糖に、これだけ多様な機能や使い方があることに驚いている。特に今回のシンポジウムでは、トレハロースが『物理化学的機能』と『生理学的機能』の2つの側面から研究されていることがわかった。トレハロースは、当初は食品分野での糖質素材として開発されたが、現在では生理的作用を誘導する素材としての研究も進んでいる。これからも研究の中で生物学的に有用な現象が発見されると思うが、それだけで終わらせるのではなく、そのメカニズムまで探っていってほしい。基礎研究をしっかり行うことで、トレハロースの用途はまだまだ広がっていくと考えている。これまで積み重ねてきたシンポジウムの歴史を大切にしながら、その英知の上に立ち、トレハロースの研究・開発がさらに発展していくことを期待している」と、糖質の枠にとどまらずトレハロース研究のさらなる進展に期待を寄せた。

林原=https://www.hayashibara.co.jp/


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