医療最前線

日本看護協会、第9回「忘れられない看護エピソード」朗読会を日本大学病院で開催、「看護の日」PR大使の須藤理彩さんが最優秀作品を心を込めて朗読

2019.05.16 19:40 更新

 公益社団法人日本看護協会は、第9回「忘れられない看護エピソード」朗読会を、5月15日に東京・日本大学病院で開催した。当日は、「看護の日」PR大使を務める女優の須藤理彩さんを招き、第9回「忘れられない看護エピソード」で最優秀賞を受賞した2作品の朗読を行った他、日本大学病院の現役看護師を交えたトークショーでは、自身の体験から忘れられない看護エピソードを語ってくれた。

 「厚生労働省と日本看護協会では、5月12日『看護の日』を含む日曜日から土曜日までを『看護週間』とし、全国各地で看護に関連した様々なイベントを展開している。また、ナイチンゲール生誕200年となる2020年末まで世界的に実施される、看護職への関心度を深め、地位向上を目指す『Nursing Nowキャンペーン』の取り組みにも力を注いでいる」と、日本看護協会の勝又浜子専務理事が挨拶。「今年で9回目を迎えた『忘れられない看護エピソード』では、看護職と一般の人から、合計2629点の看護体験エピソードが集まり、入賞作品20点を選定した。今回、日本大学病院の協力を得て、最優秀作品の朗読会を開催できたことをうれしく思う。作品の朗読を通じて、看護の心を感じてほしい」と、朗読会への想いを述べた。

 続いて、日本大学病院の木澤晃代看護部長が挨拶。「超高齢化社会に入っていく中で、医療は大きく進歩しているが、患者との関わりやぬくもりは変わらないと思っている。病気やケガは突然起こるので、身体だけでなく心のバランスも壊してしまう。さらに、本人だけでなく家族にも大きな影響を与えることになる。その中で、患者がつらいとき、困ったときに、すぐ側に寄り添うことが看護の大切な役割だと考えている。患者に対して、もっと生きたい、早く治りたいという希望を与えられるような看護師を、これからも育成していきたい」と、患者の心の支えになれる看護師を育てていきたいと話していた。

 ここで、「看護の日」PR大使を務める女優の須藤理彩さんが登場。「忘れられない看護エピソード」の選考にも携わったという須藤さんは、「作品を読んでいるとつい泣いてしまうので、まわりに見られないよう部屋で一人で読んでいた。どの看護エピソードも感動的で、選ぶのはとても難しかった」と、涙なくしては読めない心に響く看護エピソードがたくさん寄せられていたと教えてくれた。

 そして、須藤さんが、看護職部門の最優秀作品「部屋の模様替え合戦」と、一般部門の最優秀作品「お母さん」の朗読を行い、会場に集まった入院患者とその家族を温かい空気に包んでいた。2つの看護エピソードの朗読を終えた須藤さんは、「途中でぐっときた瞬間もあったが、最後まで冷静に読むことができた。それぞれケースは違うが、患者に寄り添う気持ちを伝えようと心を込めた」と、作品に込められた想いを言葉に乗せて、しっかり届けることができたと目を細めていた。

 朗読の後には、緩和ケア認定看護師として活動している日本大学病院 主任看護師の山本恵子さんと、日本大学病院救命救急センターの現役看護師である宮内美玖さんが登壇し、須藤さんとのトークショーが行われた。病院での仕事内容について、山本さんは、「専門外来として、がん看護外来などを担当するとともに、入院患者に対しては、緩和ケアチームの一員として活動している。また、緩和ケアの認定看護師として、看護師への教育・指導も行っている」とのこと。一方、宮内さんは、「救急救命センターで、救急車で緊急搬送された患者を受け入れたり、処置を行っている。入院後には、生命維持装置や人工呼吸器をつけている重症度の高い患者を看護している」というと、須藤さんは、「私は以前、ドラマの中で救急救命センターの看護師を演じたことがあるが、その時に先生から救命の現場は戦場だと聞いていた。それだけに、毎日大変な仕事をしていると実感している」と、ドラマでの経験を踏まえながら、現場で活躍する看護師に尊敬の眼差しを送っていた。

 それぞれの「忘れられない看護エピソード」について聞いてみると、山本さんは、「小児科病棟で働いていた時に、先天性の病気で9歳で亡くなった子どもの母親から、3ヵ月後に連絡があって、『子どもがいないことが信じられない。一緒に泣いてほしい』といわれた。しかし、当時の私は、母親の悲しみに向き合うことができなかった。そこで、もっとよい看護ができるようになりたいと思い、緩和ケア認定看護師を目指すことを決めた」と、緩和ケア認定看護師を取得するきっかけになったエピソードを教えてくれた。宮内さんは、「看護師になって1年目に出会った患者に、『患者の命を助けるのはお医者さんだが、家族の心を救ってくれるのは看護師さんだ』と言われたことが今でも忘れらない。その言葉を胸に、救命で入院した患者が笑顔で過ごせるよう、たくさん話をするように心がけている。退院の挨拶に来てくれた患者の素敵な笑顔を見たときに、この仕事をしていて本当によかった感じる」と、新人の頃にかけられた患者の言葉が、今も救命での看護活動を支えてくれているのだと話していた。

 須藤さんは、「主人が脳腫瘍の手術を受けて入院していた時に、2ヵ月後にライブを控えていたこともあり、早くギターの練習をしなければと、すごく焦っていた。そんな時に、担当の看護師が、『まずは立ち上がることから始めましょう』、『次はトイレまで歩いてみましょう』など、目の前の目標を定めてくれた。このことで現実に戻ることができ、復帰に向けて自信をもってリハビリに取り組むことができた。家族にとっても、看護師の言葉が安心感を与えてくれ、勇気づけてくれたので、今でも感謝している」と、家族の闘病生活を振り返って、忘れられない看護エピソードを語ってくれた。最後に須藤さんは、「看護師という仕事は、私たちが想像できないくらい過酷な仕事だと思っている。これからも、看護師への尊敬と感謝の念を忘れずに応援していくので、誇りを持って頑張ってほしい」と、日々患者に寄り添い現場で活躍している看護師に向けてエールを送っていた。

公益社団法人日本看護協会=https://www.nurse.or.jp/


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