医療最前線

就労に大きな影響を与える「大人のADHD」とは? 昭和大学医学部 精神医学教室 教授の岩波明先生に聞く

2016.07.05 10:00 更新

 自閉症やアスペルガー症候群、注意欠陥・多動性障害(ADHD)など発達障害を持つ人への援助などについて定めた発達障害者支援法が、今年5月25日に改正された。今回の改正法では、教育と就労支援を強化することを柱にしており、とくに就労支援については、就労機会の確保や職場での定着支援などを規定すると共に、事業主にも発達障害者の特性に応じた雇用管理を求めている。そこで今回、発達障害の中でも就労に大きく影響する大人のADHDにフォーカスを当て、昭和大学医学部 精神医学教室 教授の岩波明先生に、大人のADHDについて、その症状や診断のポイント、治療の現状などを聞いた。

 「ADHDは、1980年代までは、微細脳機能障害と呼ばれており、出生時に軽度の脳障害が起こり、それが原因で発症すると考えられていた。しかし、ADHD患者への脳の検査を行ったところ、脳炎などの後遺症を除いては、どの患者も脳の障害は発見されなかった。そのため、現在では、ADHDは脳への器質的な障害がない生まれつきの疾患であるとされている。脳の神経伝達物質がアンバランスになっているという仮説もあるが、はっきりとした原因はまだわかっていない」と、ADHDの原因はまだ明らかになっていないと岩波先生は語る。「また、以前まで、ADHDは小児特有の病気であり、大人になれば改善すると考えられていた。しかし、近年になって、ADHDは大人になっても改善されず、職場などでその症状に悩まされている人が多くいることがわかってきた」と、大人のADHDが注目され始めたのは最近のことなのだと指摘する。

 では、大人のADHDの症状とはどのようなものなのか。「ADHDの症状としては、『多動性と衝動性』、『注意力・集中力の欠損』の大きく2つがある。たとえば、『多動性と衝動性』は、落ち着きがない、じっとしていられない、ちょっとしたことで怒りやすいといった症状。一方、『注意力・集中力の欠損』では、ケアレスミスや物忘れが多い、人の話を集中して聞けない、約束が守れないといった症状が挙げられる」と、ADHDの代表的な症状を説明。「このうち、『多動性と衝動性』は大人になると、ある程度自覚できるようになるため、症状が改善されてくる。そのため、大人のADHDでは、『注意力・集中力の欠損』の症状が目立つようになる。とくに、社会人になると、要求される仕事や責任が重くなるので、不注意や集中力の欠如による職場でのトラブルに悩まされるケースが多い」と、大人のADHDでは「注意力・集中力の欠損」が就労環境に大きな影響を及ぼしているという。「私の病院でも、職場での様々なトラブルがきっかけになって診察に訪れるケースがほとんどだ。自分でおかしいと気づいて診察に来る場合と、周りの人から勧められて診察に来る場合の2つがあるが、いずれにしてもADHDの症状を本人が認識した上で来院している」と、就労環境への不適合がADHDを自覚するきっかけにもなっていると話していた。

 「大人のADHDの有病率は、成人の3~4%といわれている。仮に3%とすると、日本では約400万人の患者がいると推定される。統合失調症の有病率は1%とされており、これに比べるとADHDの患者数はかなり多いと感じている。男女比については、男性が多いと思われがちだが、男性と女性で大きな差はない。男性は症状が目立ちやすいので、今まで多く見られてきた」とのこと。「大人のADHDの症状は、一般の人でも持ちあわせていることがあるため、診断の際には、面談をして時間をかけて行うようにしている。たとえば、幼少期の症状を詳しく聞いていき、実際に小学生時代の通知表を見せてもらうこともある。先生からの通信欄に“落ち着きがない”などのコメントがあれば、診断の大きな判断材料になる。また、『成人期のADHDの自己記入式症状チェックリスト(ASRS-v1.1)』など、いくつかのチェックリストも活用し、現在の症状とあわせて総合的に診断する」と、大人のADHDの診断方法について教えてくれた。

 さらに、診断で気をつけるべき点として、「アスペルガー症候群や自閉症スペクトラム障害との切り分けをしっかり行うことと、うつ病との合併を見逃さないようにすることが重要である」と、岩波先生は力を込める。「アスペルガー症候群や自閉症スペクトラム障害は、対人関係が極端に苦手だが、ADHDは対人関係についてはそれほど苦手ではないので、面談をすれば症状は切り分けられる。難しいのはうつ病との合併で、大人のADHD患者はストレスをためこみやすい性質もあり、うつ病になりやすいという背景がある。そのため、うつ病と診断されてしまうことも多い。うつ病の裏側に潜むADHDを見つけだすことが、診断の課題といえる。しかし、大人のADHDの診断ができる精神科医は多くないのが実状で、とくに地方では正確な診断が難しい状況になっている。大人のADHDに関する正しい情報を広く伝えて、医療体制を充実させていく必要がある」と、大人のADHDの診療体制を全国に整備していく必要があると訴えた。

 大人のADHDの治療について岩波先生は、「ADHDは生まれつきの体質で、“個性”とも言い換えられる。それだけに、完治させる治療法はない」という。「ただ、患者本人がADHDであること自覚することで、症状を抑えることができるようになる。私は診察の中で、その患者が生活や仕事でどのような問題を抱えているのかを把握し、症状の度合いと特性を判断し、それぞれ個別に対処法を考えている。そして、この対処法の一つとして、薬物治療も提案している。薬物治療は、病気自体を治すものではないが、症状の緩和には一定の効果が認められている。効果には個人差があり、実際に薬物治療によって、見違えるように症状が改善した例もある」と、治療の目的はADHDの症状を抑えることであると説明してくれた。

 最後に岩波先生は、「ADHD患者の多くは、周囲の人から理解を得られず、小さい頃から大人になるまで、いろいろな人に責められ続け、大きなストレスを抱えながら人生を送ってきている。しかし、自分がADHDであることがわかれば、今までのトラブルはADHDが原因であると考えて、気持ちをかなり楽にすることができる。もし、多動性・衝動性や注意力・集中力の欠損によるトラブルに悩まされている人がいたら、ぜひ精神科を受診して、ADHDの診断を受けてほしい。ADHDであることを自覚することこそが、その症状を改善する近道であり、周りからの協力も得られるようになる。これからの生き方も変わってくるはずだ」と、大人のADHDに悩む人たちにメッセージを送ってくれた。

昭和大学医学部 精神医学講座=http://www.showapsy.com/


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